「DIE WITH ZERO」-今しかできない体験を、誰とするか。
「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」
日本語では「ゼロで死ね。」という、なんとも強烈なタイトル。
過去には年間ベストセラーにも名を連ねた書籍であり、知っている方も多いだろう。
自分も数年前に購入してから毎年、定期的に読み返している。
著者の収入や資産の多寡が桁違いであることはいったん置いておいて、この本を読むとき、必ず抱く感想はこうだ。
「今しかできない体験を先延ばしにしない重要性はわかっている。
でも一緒に体験したい人がいないのだ」
人生において何を重要視するかは人によって異なるだろう。
自分の場合は「何を体験するか」より「誰と体験するか」が幸福度の比重が大きい。
例えば、「ひとり、星つきのレストランでシェフが腕によりをふるった料理を愉しむ」(そもそもそんな経験をしたことはないのだが、例です。)より、「気心知れた仲間と、ガストで時間を忘れるほど話し込む」-圧倒的に後者に幸福を感じる。
極論すれば、「この人とだったら、何を体験しても楽しい」、これが自身における最大の幸福なのだ。
でも、年齢を重ねると周囲も自分もライフスタイルが多様化する。
仕事も、家庭も、どれもすべてがぴったり同じなんてことはほとんどあり得ない。
じゃあ家族で、と思うが、家族であってもそれぞれに嗜好があり、独立した個であることは忘れてはいけない。
そうすると、テレビや雑誌、SNSで見聞きした国、場所、レストランー、どんなところも「ちょっと興味あるし行ってみたい。でも一緒に行く人が見つからない」状態になる。
この状態が肥大化し、しまいには「すごく行きたいわけでもないし、お金もかかるし、今はいいや」となってしまうのである。
この本を読んで、「著者の主張はわかるけど、でもしょうがないんだよ」と何度も思った、昨年までは。
でもまだ見ぬ他人を待つことで、自分の体験が狭まることがあっていいのだろうか。
世界が政情によって、今年なら行けた国が来年は入国が難しくなるかもしれないのと同様、自分自身もコンデンションやその他さまざまな要因により、「いつか行けばいいや」が通じなくなるときが来るかもしれないのだ。
であれば、せっかくの人生、今行動すべきではないだろうか。
仮にその体験が思ったほどすばらしくなかったとしても、それも経験値として積めば済むだけである。もしかしたら後で笑い話にできるかもしれない。
今回、年会費がかかることを承知の上、ヒルトンアメックスを手に入れた理由のひとつがまさにこれだ。
年会費を払って、決裁をして、やっと手に入る特典。これを使わないという選択肢は自分の特性上、まずない。もったいない精神が働くからだ。
だから、このカードが背中を押す一枚になると感じた。
自分の嗜好にぴったりの誰か、がいる人は大変幸せだと思うが、もしそういう人が今いなかったとして、あなた自身の体験や経験を狭める理由にはならない。
でもしり込みしてしまう理由はよくわかる。
だからこそ、その背中を押してくれるヒルトンアメックスで、自分の軸を少しだけ「他人」から「自分」に戻していければいいと思っている。
