人生を変えた日本橋 -ウォルドーフ・アストリア東京日本橋 開業を待ちながら
なんて大仰な出だしなんだろう。
でも人間には、たとえその地で過ごした時間が長い人生で見ればほんのまだわずかであっても、それがなければ今の自分はいないと確信をもって言えることってないだろうか。
自分はそれが日本橋だ。
長らく丸の内ワーカーだったのだが、転職して勤務地が日本橋になった。
東京駅の南口から北口へ―。丸の内の整備された街並みと皇居を含めた緑のコントラストが非常に気に入っていた自分にとって、駅を挟んだ北側は未知だった。
東京駅から日本橋に行くには、まず八重洲エリアを通らければいけない。実は八重洲の雰囲気が少し苦手だ。だから日本橋もその延長線上くらいに思っていた。
でも。八重洲を抜けた日本橋は想像と異なっていた。
一本の大通りには歴史を感じさせる建造物が整然と立ち並び、視線を上げれば抜けるような空、足元には地元の方によって植えられた色鮮やかな花々。
その光景をみた瞬間、一気に日本橋が好きになった。
丸の内時代には一度もしなかったモーニングも日本橋ではするようになり、いつしか店員さんが顔を覚えてくれるようになった。
ランチは日本橋の端から端まであらゆるジャンルを堪能した。
ちょうど時を同じくして、日本橋一丁目中地区第一種市街地再開発事業が進んでいた。
当時日本橋初心者だった自分にとって、そこに元々何があったのかは知らない。
でも日々、上に、横に、伸びていくその建物を出社のたびに眺めるのは、なんだか子の成長を見守る親のような気持ちだった。
ある日の就業後、日本橋を渡り三越で所用を済ませ、日本橋へ戻ろうとしたときにふと目に入ったメインタワー。靄のかかる夜空の中にそびえたつ姿があまりにも幻想的で、思わず足を止めて写真を撮った。
この日は進めている仕事がうまくいかず、職場を離れても心ここにあらずの状態だったのだが、このタワーを見た瞬間、ずっと離れなかった懸案が一瞬でも晴れたことに驚いた。それくらい幻想的だった。
タワー上階にホテルが入るということは、この地で働く者としてだいぶ前から知っていた。
でも、いったいどのホテルが入るのかは知らなかった。まあ何が入ったとて、我々庶民には手が届くまい、とランチの帰り、タワーを見上げながら同僚と笑って話したことも覚えている。でもそれと同時に「ここに余裕で泊まれるくらい稼げるようになろう」とも言い合った。
そしてそのホテルがヒルトンの最上級ラグジュアリーブランド「ウォルドーフ・アストリア東京日本橋」と知ったときも、当然のように他人事として受け止めた。
でもヒルトンアメックスを手に入れた今、ウォルドーフ・アストリア東京日本橋は案外近いところにいるかもしれない。少なくとも「絶対に」手が届かないとはもう思わない。
無料宿泊特典が手に入った際のステイ候補、今のところ2つある。
そのうちの1つが何を隠そう、このウォルドーフ・アストリア東京日本橋だ。
もしそれが叶ったとして、かつてこれほどまでに職場に近接した場所に宿泊したことはない。なんなら近接っていうか、もはや近接ですらない距離感だ。
ていうか普通に考えて、職場の近くでホテルステイとか嫌だよね。
でもこの地は不思議とそういうふうに思わない情緒がある。
ヒルトンの最上級ブランドだから泊まりたい、というわけではない。
数年間、この建物を見守り続けた一人として。そして泊まるチャンスがありそうな者として。
近いうちにステイできる日がくることが、今から楽しみでならない。
